子供の頃に読んだ『浦島太郎』の教訓。大人の視点で見渡してみると、実は私たちの日常は「竜宮城の誘惑」だらけであることに気づかされます。
テレビ、動画、ゲーム……他人が作ったエンタメに時間を吸い取られ、ハッと我に返ったときには、浦島太郎のようにおじいさん(高齢)になってしまっているかもしれません。
本記事では、『決定版まんが日本昔ばなし101』が教えてくれる物語の本質から、現代社会の罠を考察します。記事の後半では、私が実際に執筆中に直面した「誘惑の光景」でも告白。消費する側を脱し、未来を変えるために「仕掛ける側」に立つべき理由を熱く語ります。
昔話『浦島太郎』のあらすじと誰もが知るストーリー
『決定版まんが日本昔ばなし101』(川内彩友美 著、講談社)の中に掲載されている『浦島太郎』という昔話をご存じでしょうか。
いじめられていた亀を助けたお礼に竜宮城へ招かれて楽しい時間を過ごすものの、故郷が恋しくなって地上へ戻った時には知り合いも建物も消えており、困って開けた玉手箱から出た白い煙とともにおじいさんになってしまったというお話です。
『浦島太郎』が現代人に伝える本当の教訓とは?
物語の核心は「夢幻のごとし」
教訓は、夢幻のごとしということです。
現代社会の至るところに潜む「竜宮城」の罠
周りを見渡せば、浦島太郎の世界観は至るところに存在します。
たとえば、テレビ、アニメ、動画、ドラマ、歌舞伎、まんが、小説、読書、スポーツ観戦、遊園地、登山、スキー、キャンプも浦島太郎と同じようなものです。
誘惑という現実です。ふと、捉えるとこの記事も誘惑のひとつとも言えます。
他人が用意した竜宮城、他人が用意した誘惑、他人が用意した時間です。
この記事を書く時も、さまざまな誘惑に魅了され、記事の執筆が滞りました。
ーーその時の光景ーー
夜の書斎。Wordpressの編集画面が開かれたノートパソコンの横に、別の動画ウィンドウが鮮やかに光っている。画面の中では、他人が編集した華やかな映像と音楽が目まぐるしく流れていく。キーボードの上に置かれた右手は動かず、マウスのホイールだけが静かに動画のシークバーをスクロールする。壁の時計の針が、音もなく1時間を進める。我に返り、動画のタブを×ボタンで閉じる。暗くなった画面に、少しだけ疲れを帯びた自分の顔が映る。再び白い執筆画面に向き直り、点滅するカーソルの後ろに、1つ目の文字を打ち込む。
時間を消費する側から「サービスを提供する側」へ回る方法
他人が用意した時間から抜け出す
どっぷりつかり、自分のコンテンツに置き換えたとき、どうなるか、
一歩引いた目線が手に入れられます。
視点を180度変えて未来を切り拓く
ただ、裏を返せば、貴重な時間を生み出した視聴には感動もあったのも事実です。
いかにも、その現場にいるような臨場感と、心のうねりに気づきました。
まとめ
浦島太郎からの教えから、遊んでばかりいるとあっという間に歳をとってしまいます。されど、サービスを提供する側に立てれば、その未来も180度変わります。
あなたなら、どちらの側に立ちますか?

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