かつてマンガしか読まなかった私にとって、活字の本は高い壁でした。
1日2ページしか進まず、1冊に半年もかかっていた私が体験した、嘘のような本当の話。
千田琢哉さんの「運命の本」という言葉を借りて、あの不思議な日々を振り返ります。
1日2ページの死闘。マンガ派の私が活字の壁に挑んだ半年間
「まず、運命の本は誰にとっても必ず存在するということ。難しく考える必要は何もない。ただ「運命の本は必ずある」と知る。それだけでいい」
(出典:千田琢哉 著 1日10冊の本を読み3日で1冊の本を書くボクのインプット&アウトプット法INPUT&OUTPUT P28 発行所:アイバス出版株式会社)
この文を読み、私はかつて格闘した『あの一冊』との不思議な日々を思い出さずにはいられませんでした。
今まで、マンガ本しか読んでこなかった私にとって、本を1冊読むのは、ものすごいエネルギーが必要でした。
「難しい本」と「簡単な本」の境界線。スキル本が重かった理由
ただ、活字の本には、大きく2種類の本があることに気づきました。
難しい本と簡単な本です。
難しい本は難しい漢字ばかり書かれてある本です。
単純に語彙力が足らないだけかもしれません。
一方、簡単な本は
・難しい漢字はあまりなく、
・文章も短く、
・ひとつの文章がひとつの意味を表す文章になっています。
読んでいても、迷いなく進められます。
さらに、突っ込むと、スキル系の本は、簡単な文章でも難しく感じました。
実際に全部で300ページあった本を1日2ページしか読めず、結局、半年かかりました。
ノートへの書き写しが変えた、私の「言葉の解像度」
ちょうど、この時ですね。不思議な経験があったのは、この本の中では、本に書かれてある内容を書き写すと、イメージトレーニングしやすいようなことが書かれてありました。確かに文章をそのまま書くと、見出しの言葉が連想できます。
震えるほどのシンクロ。言葉が言葉を呼び寄せる「運命」の正体
この感覚を得てから、言葉が言葉を呼ぶ場面に出会いました。
たとえば、ある書籍に書かれた言葉をノートに書き写したとします。
別の本が欲しくなり、別の本を手に入れた時、身震いを感じたのが、ノートに書き写した言葉が別の本にも書かれてあった時です。
正直なところ、こんなことがあるのか、と驚きました。しかも1回だけでなく、続けて、言葉が言葉を引き寄せたというか、本が本を引き寄せた感じでしょうか?
まとめ
もしかして、こういう現象を「運命の本」というのでしょうか?

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